どんな文化構造でも古いものが新しいものと常に入れ替わっているわけです
昨日NHKでメキシコの絵画について取り上げていたのを見たら、メキシコの現代のアートということでなんとグラフティも取り上げていたりするわけです
やっぱりメキシコでもグラフティは違法で、まあ政府に対するアティチュードをこめてライティングされていたらしいのだけれど、最近はちょっと違いますよ、学校や公共施設の壁に、依頼を受けて書く、遵法精神のあるアートが増えていますよ、ということらしいのです
まあ政府がそういうものを認めるというのは結構勇気のいることだと思うし、なにより人を区切るだけでメッセージのない壁に絵を描いてやるところから人間の精神の生活を見つめなおすってのは僕ずっと好きなので、NHKがこういうもの取り上げるというのはまあ評価できるような気がしないでもなかった。
のですがグラフは違法であることも含めてグラフだということ、はやっぱり触れなかったなあ。
ていうか違法なところに描くってのがやっぱグラフカルチャーのエッジだと思うんですのだ。
まあ多分メキシコにも相変わらずアブねーところに描いてやるって奴はいっぱいいるのでしょう。
日本でもリガールウォールなんてのを提供するNPOが出来たみたいでその裏でアンダーグラウンドを生きるってのは大変だと思うけどやっぱり看板や電車にボムし続ける人がいてほしいものですのだ。
メッセージって伝えるためのものだといいたかったので、誰かにやれと言われたり、権力に守られなくては出来ない表現というのは、大事なものが抜けてしまっているような気がします。ボム。