脱自存在的イビザの座敷
野球あるのすっぱり忘れてました。
早くから集まった皆さんごめんなさい。
アサリの砂を吐かせるには濃度3パーセント以上の塩水につけておくといいそうです。
野球と関係ありません。ごめんなさい。
なんか日記も書くことねぇし、俺だってめんどくさいんで、適当に本棚から抜いた本の文章を引用していきます。
僕は宮沢賢治が大好きです。「整った文章」というのは、ある程度練習すれば誰でも書けるものですが、「自分だけの文章」というものに到達するのは難しいと思います。賢治という人の文章には、別に難しい言葉は出てきませんが、しかし極めて独立したリズム、賢治だけが持つリズムが息をしているように思います。
例をあげますと「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」 という文章なんか、センテンスに「僕」が二回出てくるし、普通の作文のルールからすれば、読点も無くて、抑制の無い文章ということになるのでしょうけど、読んでみると、ジョバンニの気持ちが張り詰めて弛むことなく、一度きりの表現の運動が生きています。
よし、もう面倒になったから今日は書かねえぞ!
どうせ死ぬなら宮沢賢治読んで死ね。
早くから集まった皆さんごめんなさい。
アサリの砂を吐かせるには濃度3パーセント以上の塩水につけておくといいそうです。
野球と関係ありません。ごめんなさい。
なんか日記も書くことねぇし、俺だってめんどくさいんで、適当に本棚から抜いた本の文章を引用していきます。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新しい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
宮沢賢治 『銀河鉄道の夜』より
僕は宮沢賢治が大好きです。「整った文章」というのは、ある程度練習すれば誰でも書けるものですが、「自分だけの文章」というものに到達するのは難しいと思います。賢治という人の文章には、別に難しい言葉は出てきませんが、しかし極めて独立したリズム、賢治だけが持つリズムが息をしているように思います。
例をあげますと「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」 という文章なんか、センテンスに「僕」が二回出てくるし、普通の作文のルールからすれば、読点も無くて、抑制の無い文章ということになるのでしょうけど、読んでみると、ジョバンニの気持ちが張り詰めて弛むことなく、一度きりの表現の運動が生きています。
よし、もう面倒になったから今日は書かねえぞ!
どうせ死ぬなら宮沢賢治読んで死ね。




